お侍様 小劇場

   今時の“フツー”? (お侍 番外編 90)
 


特に日本に限った話でもないのだろうが、
樹齢の重なった古木や巨木は、
その堂々とした威容もあってのこと、
村や山里、街などという、文字通り根づいている土地土地の、
シンボルツリーやご神木とされている場合が多々あって。
神社のクヌギやお寺のイチョウ、
雑木林の桐に杉。
春の訪のいを告げる、花の美しさを愛されている梅や桜や、
神様を待つ座という意味があるという松…などなどと。
物言うワケではないのだけれど、
森に満ちたる清涼な精気を紡いだり、
見上げれば天をも覆うほどの枝振りで威厳を示したり。
そんな姿を示すのを、近間においでの人々からは、
敬われたり はたまた畏れられたりと、
色んな人から色んな形で愛されており。

  そういう豊かな“感覚”は、
  いつまでも大事にしてほしいなぁなんて、
  柄にないこと、思ってしまった筆者だったりもするのだが。
  今回のお話には
  そういった神秘が出て来る訳じゃあないので悪しからず。




       ◇◇◇



 四季の移ろい、自然の巡り。そういうことを肌身で学ぶための生きた教材にもなるせいか、はたまた、健やかな心身を育む場所だからという彩りにか、学校に豊かな緑は昔っからの付きもので。入学や卒業といった晴れの日を彩る満開の桜…なんてのはもはやお馴染み。紅葉が見事なところを買われての落葉樹、イチョウやケヤキの並木道なんてのは、欧州の町角みたいで絵にもなる。ただまあ、ここのがそういう思惑で植えられたのかどうかは、当事者の子らの代ですら そろそろ孫がいる世代に差しかかってるお年頃なので、冗談抜きに確かめられぬことでもあるのだが。

 「うぉーしっ。イナズマスマッシュ受けてみよっ。」
 「わっ、こら。それじゃあ練習になんねぇって。」

 なかなか春めかないかと思ったら、いきなり初夏かと思われるほどの暑さが襲い。そうかと思や、またまたコートのお世話になったりと、何とも忙しいこの春だったが。いくら何でももうそろそろ落ち着くだろうと思わせる、なかなかの上天気となったとある五月の昼下がり。某 市立高校の校庭を覗けば、決まった制服が一応はあっても“この寒さですから”との言い訳の下、その上だ下だに勝手な重ね着していた学生たちも、今日ばかりはその上着も脱ぎ捨てての軽快なシャツ姿になっており。中には袖までまくってのはりきりよう、細っこいラケットを片手に、円陣組んでのバドミントンを楽しんでいる面々もあったほど。

 「レクリエーションだからったって、
  生徒会主催なんだ、成績に響く訳じゃあんめぇよ。」
 「バッカだなぁ、勝ち進みゃあハクがつくじゃんか。」

 高校の学校行事でつく“箔
(はく)”って一体…。まあ、ここは男女共学の学校なので、どんな形であれ活躍すれば異性からの注目も浴びるには違いなく。割と色んなところでリベラルな校風を謳っているガッコなせいか、男女交際へも規制なんてのはなく、よほど人道から外れない限りは あっけらかんとオープン…であるのだが。それならそれで、アピールの場というのも重要になるらしく。学園祭は言うに及ばず、修学旅行や体育祭、レクリエーションの球技大会なんてのも、意外な活躍で意外な素顔なんてのをアピール出来る絶好の場になると、

 「…判ったから、せめて打ち返せるようになれ。」
 「そっちこそ、ややこしいスマッシュばっか打ってくんなっ!」

 バレーボールやサッカーにバスケットといった、球技としてのメジャーな競技のほかに、今年は誰が推薦したやら、そもそもそれって“球技”か?という、バドミントンも加わったらしいのだが。それへと出ることになったお友達が、なかなか見事なお下手ぶりだったので。運動ならば器用で何でもこなせる矢口くん、せめてラリーくらいは出来るよになりたいとの、切なるリクエストを聞いてやってのお付き合い中。

 「大体サ、
  円陣バドで何回ラリー出来るかなんていう競技、
  やっぱ球技じゃあないと思うんだけどもな。」
 「しゃあねぇだろ。
  他の球技はコートに場所を取り過ぎるんで、
  2日くらいじゃあなかなか消化出来んって話でよ。」

 全員参加という名目になってはいるが、たとえプレイタイムが決まってたって、ロスタイムじゃ何だが挟まり、結果、スケジュール通りに消化出来なくて当たり前なのがスポーツだから。待たされるのがかったるいと、最後まで参加しない子も年々増加。そも、球技ってのは得意じゃない子には苦行でしかないのに、何で体育の授業でもないとこで強制参加させられるんだと。今年の反対意見支持者たちはなかなかに強硬だったので、それへ対する妥協案として出されたのが、この円陣バドミントンだったらしく。

 「ちなみに、
  長縄跳びでの記録挑戦という案もあったらしいが、
  そうなると もはや“球技”とは呼べんから。」
 「……ははあ。」

 円陣と言っても輪になってなくたって構わない。ドッジボールの半分くらいのコートを書いて、その中でいかに落とさぬかを競うのであり。参加者の右往左往が見物する人にも楽しめるという、いかにもレクリエーション向きなゲームであり。

 「ますますと球技じゃねぇってそれ。」
 「決まったもんに文句は言わない。」

 ほれほれ打って来んさいと、さっきから一度も打ち返せぬクラスメートくんからの挑発に。ここまで付き合いよく構ってやってた矢口くんも、さすがにそろそろ飽きて来たようで。

 「俺もそろそろ部活に行かにゃあならんのでな。」
 「え〜? やぐっちゃん、何部だっけ。」
 「弓道部、だ、よ。」

 語尾がスタッカートを刻んだのは、よいせっと強いめのサーブを打ったから。だから、ラリーさせる競技だってのにぃと、自分に当たりそうだった勢いの弾丸スマッシュを、あわわと打ち返したお友達だったもんの。

 「……………ありゃりゃ。」

 ラリーに向いた上方向へ、しかも高々と。やっと打ち上げられたのは大進歩だったけれど。シャトルコックが飛んでった先が問題で。すぐ傍らにある3階建ての校舎の屋上よりも背丈があるその木は、確かケヤキだと 教師だったか先輩だったかから聞いたことがあり。

 「せめて校舎側の枝だったら、
  窓から棒とかでつつくって手もあったろうがな。」

 まださほどには若葉も茂らぬ梢に、だからこそだか しっかり乗っかってしまった白い羽。

 「これから緑が増えればますますのこと目立つんじゃなかろうか。」
 「うあ、やっぱ取らなきゃダメかな、あれ。」

 他にも数人ほどいたお仲間たちが、この展開へと駆け寄りあっての見上げた梢。地上から5m以上、10mはあろうという高みは、素人がただ登ってゆくには微妙に危険。脚立やハシゴをかけたとて、専門職でもない限り危ない高さで。学校の備品だ、弁償すりゃあ? それで済む問題かよ、などなどと、シャツ姿の数人が頭上を見上げて固まっておれば、

 「どうした。」

 そんな彼らへと掛けられたお声が。そちらさんも今から部活か、校門の方じゃあなく、グラウンドや体育館のある方向へと進みかけてた二人連れ。片やは、同級でなくとも同じ学年でなくとも大概の生徒らに知られたお顔、

 「あ、兵庫さん。」
 「榊先輩。」

 伝統ある剣道部の、殊に今の現役世代を全国一の常連へと仕立てた立役者。その痩躯のどこにそうまでの力があるやらと、大人たちを感嘆させてる剣豪の、榊 兵庫という上級生。そしてそして、迎えに行かねばとっととブッチぎって帰ってしまう誰かさんなので、しょうことなしに教室までを運んだらしい、長髪の部長さんに連れられていたのが、

 「久蔵、また逃げようと仕掛かってたんですか?」
 「いやまあ、今月中は大丈夫なんだがな。」

 勝手に帰ったら家へ電話かけるぞ、あのお兄さんへ叱ってやってくださいとお願いすっからなと、最後の手段を繰り出されての仕方なく。初夏に催される都大会の予選へ向けて、練習三昧な放課後を送ることになっていた、島田さんチの次男坊だったりし。

 「こんなところでどうしたんだ?」

 運動部のフィールドは、原則、校舎裏手のグラウンドに設けている学校なので、どこにも所属せぬ一般の生徒らが、好きに使っていいことになっている校庭ではあるが。中途半端な位置に数人で固まっていては他の者らに迷惑だろうがと、それでなくとも球技大会も間近だ、使わぬなら退けと言いたかったらしい先輩さんへ、

 「実はややこしいことに。」

 剣道部と弓道部は、同じ道場を使う間柄。そんなせいでか、所属は違うってのに妙に慕って懐いている、上背ありまくりな矢口くんとやらが、さっそくその兵庫さんへとご注進。といっても彼はただ腕を伸ばして見せただけ。その先の、ケヤキの大樹の梢に乗っかっていた白いシャトルで、ああ…と状況の仔細を把握したらしき兵庫さんからの見解は、

 「例年のこととして、夏休みに植木屋さんが入るらしいから。
  そん時に取ってくれるんじゃないか?」
 「それまでのお預けですか?」
 「ああ。学校の備品だってのなら、
  貸し出してくれた担当の先生への報告を忘れぬように。」

 極めて無難で模範的な解答を授けて下さったのへと、成程成程と納得したのが矢口くんなら、

 「…ちょ、何する気だ、お前。」

 そんな二人へ向かって、いやさ、その傍らにいた誰かさんへ向けてのだろう、少々頓狂な声が立って。何だなんだとの遅ればせながら、自分たちのすぐ傍らにいた存在へ、兵庫先輩と矢口くんとが眸をやったのとほぼ同時、

 いかにも小学生辺りがやりそうな、徒競走のスタートを思わせる格好、
 ザッと蹴り足引いての、腕は体の前後へと構えたそのまま。

 位置について、よーいどんっと、ついつい脳内でアフレコしちゃった皆さんを置き去って。軽い前傾姿勢で駆け出した、金髪痩躯の誰かさん。目指すは問題の大ケヤキであるようで、

  近寄ってってどうするんだろ、
  まさか俺らに代わって羽根を取って来てくれるってんだろか。
  隣りの校舎へ飛び込んで、か?
  あんなに勢いつける必要あっか?

 「というか練習に出ぬ気か、貴様。」

 兵庫先輩の恫喝に、居合わせた面々がおおうとのけ反る。二年生の島田くんは、並外れて寡黙な上に、表情の乏しい徹底した鉄面皮なので。何を考えているのかを酌み取るのがなかなかに難しい。あれでも気鋭の剣豪で、どこから踏み込んでも、間合いに入った途端に竹刀を持ってかれ、あっと言う間に一本を奪われる奇跡の剣客と、全国レベルでの大人の練達たちからさえ、惜しみ無い称賛を受けておいでだったりする“逸材”なのだが、

 「…え?」
 「おおっ。」
 「な…っ。」

 まさかにこういうことも得意な“達人”でもあると、どこのどなたがどのくらい信じてくれようか…。




       ◇◇◇


 居合わせたお友達や、ましてや兵庫先輩が告げ口をした訳ではなく。ただ、校庭の方から“おおおっ”という時ならぬ歓声が上がったため、何だ何だと窓からお顔を出した先生がたが何人かあって。大人や保護者、管理責任者からすりゃ、看過出来ない出来事だっただけに。ちょっと来なさいという方向へ話が進んでしまったまでのこと。日頃は問題なく至って大人しい生徒であり、金髪に紅色の眸という、少々奇抜な風貌は生まれつきのそれで、だからと言ってのそこへ甘えることもなく。いで立ちも身奇麗にしていて成績も上々。皆勤賞を取れるほど、滅多に休むこともなく、目上への挨拶も…目礼止まりながらそれでも完璧にこなしており、どこを取ってもむしろ優等生だってのに。

  そういやたまに、
  こういう突拍子のないこと、しでかす人物でもあったなぁと。

 そういえば…先だっても父兄を呼んだことがありましたなと、そんなことをば思い出した学年主任さんだったものだから。生活指導の先生や教頭先生も、一応のクギを刺しておきましょかと意見が一致し。そこでと学校まで呼び出されたのが、保護者代理の七郎次さんという義理の兄上。

 「…久蔵殿っ?」

 案内されるまでもなくの、むしろやや速足にて辿り着いた生活指導室にて、まずはの第一声がこれだったのも、あの時と同じじゃあなかったか。

 「危ないことをしたとお聞きしましたよ? お怪我はないのですか?」
 「……。(頷)」

 我が子や身内の、まずは身の安全を確かめるのがいかんとは言わないが、ほらお顔を見せて下さいな、手は? どっこも傷めてはいませんか? 足を挫いたとか、隠してはいませんか?と。あれこれ訊きながら、同時に手が伸びていて。白くてすべらかな頬をそおと撫でてやったり、腕を取っての、二の腕からするりとすべらせて、手の先、指先や爪に至るまで、じっと検分してみたり。

 「ああ、これって木の皮ですよね、棘とか刺さってないですか?」
 「〜〜〜。(否)」

 すっかりと二人こっきりの世界に突入しておいでの、そりゃあ麗しい金髪兄弟を。どうやって引き戻したらいいんだろかと、先生がたが微妙におろおろしてしまった辺りも、やはり前回と同じであり。

 「あの…ですね、島田さん。」
 「あ、はい。すいませんでした。」

 お話でしたね伺いますと。やっと我に返ったお兄様がこっちを向いたら向いたで、

 “う…っ。”
 “ど、どこ見りゃいいんだ。//////”

 いっそ既婚でベテランの女性の先生の方が、戸惑いも少なかったかも知れぬ。本当に金が染ませてあるんじゃなかろかと思わせよう、つややかでなめらかな金の髪をきゅうと束ねている姿は、彼にしてみりゃ さして気張らぬ普段着のままなのだろが。練りたてのホイップクリームか、いやいや しっとりと品のあるところは、皇室ご用達の銘菓 羽二重もちか。白さの上へ霞がかかって見えるほど、それはそれは柔らか嫋やかな印象のする真白き顔容
(かんばせ)に。淡い色合いだってのに、吸い込まれそうな瑞々しさをたたえた青い瞳が何とも涼やかで。すんなり柔らかそうな鼻梁の下には、ややぷっくりとした肉づきの、それは形のいい口許が、甘い緋色を滲ませた合わせ目を薄く開いて、物問いたげに咲いており。同じ男のはずなのに、なんて美人なんだろかと、目線を合わせるのさえドギマギしてしまう困ったお人。誰ですか、この人を呼ぼうなんて言い出したのは、教頭ですよと、こそこそしたやりとりを交わしつつ、

 「お電話でお話ししました“危ないこと”というのは、
  校庭にある 大ケヤキの木へ、久蔵くんが登ったことなんですが。」

 「……大ケヤキ。」

 そういえば見事な木がありますが、あれでしょかと、窓のほうを見やったお兄様。残念ながらこの部屋からは、身を乗り出さねば見えぬが、それでも、知っているというレベルで話も通じたようで。

 「バドミントンのシャトルが引っ掛かったのでと、
  その、一番低い枝辺りならともかく、
  3階にあたろう高さまでを、
  ハシゴも脚立も、命綱も、何の用意もなく登った彼だったんですよね。」

 「あ…。」

 実際に見ていた生徒や先生がたが言うには、危なげなかったということでしたが、それでもね。彼自身はもとより、簡単そうだったなぁと真似をする者も出るやもしれぬ。何かあってからでは遅いのですよとの箴言受けて、

 「それは…ご心配をおかけしましたね、すみません。」

 余計な言い訳や こちらからの言い分とやらを重ねることもなく、事情は判りましたと真摯な態度で謝辞を述べ、

 「今後はそんな無茶は控えるよう、
  保護者の勘兵衛へも伝えた上で、よく言って聞かせますので。」

 身を傾けてのお詫びを態度で示した七郎次であり。そんな彼だったのを見て、

 「〜〜〜〜。」

 ここに来てようやっと、小さな顎を引くと姿勢を正し、自分もまたペコリと頭を下げた久蔵だったりしたのだった。









  ………で。


 「あの木ですか、確かに大きなケヤキですねぇ。」

 見るからに恐縮したのがよほど珍しいことだったのか、今日のところはこのまま帰りなさいと、部活にも出なくてよろしいとのお墨付き(?)を得て。二人そろって校舎から出て来て振り返ったのが問題のケヤキの木。全体の大きさが随分な代物なせいか、傍らの校舎が小さく見えるほどであり、

 「どうやって登られました?」
 「……。」

 訊くと、軽く膝を上げかけ、それから手を上へと上げた久蔵だったので、

「そうですか、まずは幹を蹴り上げるよにして駆け上がり、
 加速が尽きる直前に、枝に飛びついて上へと?」

 着ていた制服の白いシャツがどこも汚さずの無事だったからには、幹へとがっぷり四ツにしがみついたんじゃあなかろというのは判る。手に樹皮の粉っぽいものがついていたのは、枝へと素手で取り付いたからだろう。すり傷一つ作るでないままという、こうまでの平静を保ったまんまでこなせることではない…からこそ、今後は注意させますと頭を下げた彼だったはずが、

 「…久蔵殿だったなら、
  手は使わずとも飛び上がるだけで枝渡りが出来ましたものを。」

 島田一門の手練たちに揉まれ、この若さで一通りの体術がこなせるその上に、ずば抜けて身の軽い彼が本気を出せば。最初の駆け上がりで得た加速のみ、ところどこで幹や枝を蹴りつつという格好で、あのくらいの高さの木なら頂上までだって登り切れたろうにと。日頃の過保護とそれとは別物か、そこは一応の理解を寄せた七郎次であり。

 というか

「手を使ったのは、
 普通の学生がそんな登り方はすまいと思ったからなんでしょう?」
「〜〜〜〜〜。////////」

 あやあや見破られましたかと。腕が落ちたとは思わなんだのですねと、七郎次から残念がられるどころか、そこまでを見通されてたことへの含羞みに。この、鉄面皮で有名な久蔵が、その白い頬を見るからに染めたとあって。話の内容は聞こえなかったが、それでもこれは一大事だと、通りすがりの誰も彼もがその場に凍りついてしまったほど。だがだが、七郎次としては、怪我がなかったことに加えてもうひとつ、嬉しかったことが見つかってたようで。曰く、

 「普通っていうの、意識して下さったのですね。」

 証しの一族としての 代々伝わる家風というか、その血統ゆえに課せられているお務めというか。彼らなりの常識を、物心つく前からたたき込まれている身であるがゆえ、どうにもあちこちが“フツー”じゃあないその身、時として ついつい過剰に動いてしまうのが問題で。どんなスーパーな能力者であれ、そんな間の抜けた露見のしようもあるまいて。一番の原則は、触らぬ神に何とやらを押し通し、スーパーマンの仮の姿、Mr.ケントのごとく、いっそ“アテにならない人だ”と思われることだそうだけれど。まだまだお若い久蔵殿辺りでは、頭では判っていることであっても、身体はまだまだそうと構えちゃあくれぬ。鋭敏俊敏であればあるほど、ほんのささいなことへまで飛び抜けた身体能力が黙っておらぬ。何だあのくらいなら手も無く取れると思ったそのまま、常人には到底無理な木登りへ、ついつい体が動いていた彼だったのだろうと察しもつくし、その上、

 “でも。何とか普通に見せようとの切り替えは出来たんですよね。”

 七郎次としては、そこのところが嬉しくてしょうがないらしく。先生がたにもああ言った手前、いけない子だと怒らにゃならぬはずが、どうしても口許がほころんでしまって仕方がない。だが、

 「………。」

 当の久蔵の側はどうなのか。七郎次にもそれと判っての気にかかるほど、妙に黙りこくっている様子であり。並んで歩んでいたのが、とうとう足が止まったのへと振り返れば、

 「シチに案じさせてはならぬと思うた。」

 ぽつりとそう口にした次男坊殿は、だというのにと…不甲斐ないと思うのか、それとも自分に迎合は似合わぬと思うたか。ゆるゆるとかぶりを振って見せ、

 「まだ、思慮が足らなんだのだな。」
 「久蔵殿…。」

 自分がどう見られるかには頓着しない。だがだが、他でもない七郎次に迷惑をかけたのが遺憾だと、薄い肩をしょんもりと落としてしまい、眉尻も下げてしまう久蔵だったのへ、

 “う〜ん。先生がたのお説教の仕方、技ありってトコでしょか。”

 お兄様当人を前にしてあれほど焦っておいでだったから、こうまでの効果が出ようとは思ってなかったかもしれないが。
(笑) 七郎次に御足労いただいたほどのことをしでかしたのだと、時折吹き抜けてゆく初夏の風の中、ふわふかな綿毛を掻き乱されつつ、すっかりと項垂れてしまった愛し子へ。気の早いことに上着は脱いでのカバンの持ち手へ引っかけていたの、しわになるからと手を延べての引き取りながら、

 「……久蔵殿。」
 「………?」

 再び延ばされた手が、今度は…うつむいていたお顔へ触れる。さっきも頬を撫でてくれた優しい手が、風にいじられた髪をそおと静かに梳いてくれて。名前を呼んでくれたのへ、なぁにとお顔を上げたれば、

 「ほら。ホントは笑ってる場合じゃないのに、アタシどんなお顔をしてますか?」
 「〜〜〜〜〜〜。////////」

 優しい造作を甘くほころばせ、にこりと頬笑んでおいでのお顔へ、久蔵の方でもあらためてアテられたか、口許うにむにとたわませて、頬を染めてしまったほどで。

 「ただまあ、こんなして笑ってる場合じゃないのは本当で。」

 久蔵殿の凄さ、他の人にも知られたのは口惜しいなぁ…なんて、やっぱりおどけて見せたおっ母様。

 「後先見なかったワケじゃないのは進歩です。
  ただちょっと、まだまだ甘かっただけのこと。
  今度はやんないぞと覚えてて下さればいんですよ。」

 後日、この顛末を聞かされた勘兵衛からは、もちっと怖がるか必死になって見せればよかったのだと、“普通”への対処を伝授されたとかどうとか。とはいえ、そうと口にしたご本人様も、さほど“普通”を意識しておいでとも見えぬ。仮の姿のお仕事においても、辣腕ふるって会社を支えておいでで、

 『ああ、それはだ。儂が飛びきりに不器用だというだけの話だ。』
 『???』

 ほらそこ、話をややこしくしない。
(苦笑)






 ■ おまけ ■


 とりあえず表通りに面した正門を出たところで、さて駅まで向かおうかとした二人の傍らへ、一台のハイヤーがすべり込んで来た。ありゃ誰か来賓でもあるのかなと、身を避けようとしかかった七郎次へ、

 「…高階。」

 随分とクリアな久蔵の声がするりと届く。えっと見やった車内の運転席には、高級タクシーの運転手としてツバつきの帽子をかぶることで、お顔を見せぬよう誤魔化しておいでの、

 「あ…高階さんですか?」

 木曽の支家の執事頭にして、次代になろう久蔵には最も信頼している壮年の隋臣。このところは微妙に頻繁にこちらで姿を見るものだから、木曽の方は大丈夫なんだろかと、ぶしつけながら案じることもあるのはさておき。
(苦笑) こういう方向での顔見知りの運転するハイヤーが、その扉まで開けたからには“乗れ”ということだろう。ガードレールの切れ目でもあったので、そのまま素直に乗り込めば。車は行き先も聞かぬままに発進してゆき、

 「お家までお送り致します。」

 そのつもりの待機だったか。ということは、七郎次が呼ばれた顛末、彼も知っているということで。まま、それは…木曽の支家の幹部格、久蔵へと付くお傍衆筆頭なのだから、ある意味 不自然なことではなかったが、

 「申し訳ありません。」

 こちらを振り向かぬまま、まずはそんな一言こぼした高階氏。はい?と怪訝に思ったのは七郎次だけではないらしく、久蔵までもがその紅い眸をキョトンと心持ち見開いている様子。そこへ続いたのが、

 「あの騒動が起きるより先に、
  たとえば風のせいにしてでもシャトルを落とせば良かったものを。」

 方法はいくらでもありました。クナイを投げて落としてもよし、誰か素早い者が裏側を駆け登り、蹴り落としていてもよし。久蔵様の周辺のみにしか眸が届いていなかったがための、こたびは我らの失態…と話があらぬほうへと及んでゆき、

「こうなったら、不肖この高階、
 こちらの学校に用務員か事務員として着任し、若の難儀へ迅速に対応出来るように…。」
「いや、ですからそれでは方向性が違うと。」

 さては、本人に行動を慎まさせる気はないな、この家令頭殿。
(う〜ん)

「木曽の支家は誰が守るのだ。」
「篠宮がおりますれば。」

 こらこらあんたたち…と止める者のいないまま、妙な合議が進みかけてた、困った木曽のお方々だったらしいです。






   〜どさくさ・どっとはらい〜  10.05.17.


  *NHKで放送中の“みんなでニホンGO”とかいう番組、
   夜更かししてると再放送されてるので時々観てたりするのですが。
   これって“お元気ですか日本列島”の中の,
   日本語Q&Aコーナーの拡張版とどう違うんだろか…?
(おいおい)

   その中で、
   イマドキの“フツー”は奥が深いというお話をなさってらしたので、
   ついつい拾わせていただきました。
   フツーに可愛いとか、フツーに美味しいとか、
   真摯に正直に どう感じるかという形容詞扱い。
   平凡なという意味は持たない、
   むしろ“本当に”という意味合いの、
   ともすりゃ褒め言葉に使われる言い回しになっており。
   世の“普通”がそれでは、特別は尚更に目立っても仕方がない、と。
   宗主の勘兵衛様に勝るとも劣らずのレベルで特別な身の木曽の次代様、
   これでも頑張ったんですよというお話を。

   ………あれれ? ちょっと的を外してますかね?
(笑)


  *そうそう、ウチの兵庫さんの苗字がさりげなく決まりました。
   この話に限り“兵庫”って苗字だってことにしても良かったんですが、
   いっそ統一しちゃえということで。
   先の“女子高生パロ”にて、どうしても要ったんでつけた、
   榊というのが苗字ということで。
   サカキ ヒョウゴ、いかにもお侍さんって名前になっちゃったなぁ。
   カツラノミヤ ヒョウゴだと、なんか地名みたいだし、
   ワタナベ ヒョウゴだと誰のことだか判りにくいし。
   (全国のワタナベさん、すいません。)

   サカキ ヒョウゴ、どか よろしくですvv (参院選には出ません。)

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